家族としての犬

−飼い主と犬の関係について−

若島孔文(立正大学心理学部・同大学院心理学研究科助教授)

松井博史(立教大学大学院社会学研究科博士課程)


日本家族心理学会第23回大会発表抄録



【問題】

 本研究の目的は、犬を飼っていることによって飼い主やその家族にどのような心理・社会的影響を与えているかについて検討することである。これまで述べられている動物が人にがもたらす効果としては、1.生理的効果、2.心理的効果、3.社会的効果があげられている。

1.生理的効果:病気からの回復、血圧や心電図などの正常化、四肢の麻痺などの改善効果というものである。生理的効果を示したものの1つに動物と触れ合うことによって血圧が下がるという調査結果がある(例えば、Freedman, 1980)。

2.心理的効果:数々の報告によると動物の存在は、不安を減らし、気力を増大させることを示唆している。ペットを飼っていることやペットに対する好感度と健康との関係を調べた研究では、ペットに関する変数が「気力」と強く相関していることが示されている。つまり、ペットが直接健康に影響しているのではなく、ペットの存在やペットを意識することが気力を高め、そのことにより、健康度の自己認識や機能レベルを改善させていると考えられる(例えば、Wolfe, 1977; Goldmeir, 1986; Akiyama, Holtzman & Britz, 1987)。

3.社会的効果:動物がいることは安心感を与えるなどの心理的効果があり、また、社会的な潤滑油となりえるとされている(例えば、Eddy, Hart, & Boltz, 1988)

 以上のように多くの肯定的効果が述べられる一方で、筆者らはこうした一元的な研究結果に疑問を持つ。果たしてそんなに単純なものなのか。誰でも犬などの動物を飼えば良い効果が得られるのであろうか。すなわち、効果的な場合と効果的でない場合が存在するはずであるということである。そこで本研究では以上の3要因に関する効果を検討するとともに、犬が飼い主とその家族にもたらす肯定的効果を得られる要因(媒介変数)について検討する。

【方法】

 調査は記入に不備のあったものを除いた77名(男性34名、女性43名)を対象に行った。

 対象者の飼育する犬種は、秋田犬、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバー、イングリッシュ・セター、柴犬、シェルティー、ビーグル、ウエルシュ・コーギー、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル、アメリカン・コッカー・スパニエル、シャセラッセル・テリア、ダックスフンド、マルチーズ、パグ、ポメラニアン、シーズー、トイ・プードル、ヨークシャー・テリア、チワワなど19種類およびミックスであった。この調査では、ペットと泊まれるホテル・ジョディー&プリン、日本社会福祉愛犬協会・東千葉愛犬クラブ及び埼玉西ブリーダーズクラブの協力を得て実施された。

 使用された質問紙は、これまでの動物から得られるとされた効果(3要因)を網羅し作成された「犬による効果尺度」(31項目)、Yempler1981)のペットへの愛着を測る尺度である「PASPet Attitude Scale)」(18項目, α=.81)、「日本版SDS自己評価式抑うつ性尺度」(20項目)、犬が飼い主のことをどのように思ってくれていると飼い主が認識しているかを測定する「犬からの感情尺度」(10項目, α=.73)から構成された(全項目で79項目)。また、「飼い主の飼育経験、主体的飼育者、飼い主の性別、犬の性別、犬種など基礎的情報の調査」も行った。

【結果】

1.犬が飼い主にもたらす効果について:まず、犬による効果尺度を因子分析した結果、「犬と触れ合った後は会話がはずむ」「犬と触れ合った後は爽快感がある」「犬と触れ合った後は、前向きになる」「犬と触れ合った後は、外出したくなる」など「外向性・活動性」が第1因子として抽出された。第2因子は「犬と触れ合った後は、安心する」「犬と触れ合った後は、幸せな気分になる」「犬と触れ合った後は、リラックスできる」「犬と触れ合った後は、怒ることがあまりない」などの精神的癒しを意味する「心の安定」因子が抽出された。

2.愛着尺度について:愛着尺度得点高群と低群を独立変数とし、外向性・活動性因子と心の安定因子の得点を従属変数としてt検定を行った。その結果、外向性・活動性因子(t(75)=2.73, p<.01)および心の安定因子(t(75)=4.66, p<.01)において愛着尺度得点高群が低群よりも高い得点を示していた。

3.感情尺度について:感情尺度得点高群と低群を独立変数とし、外向性・活動性因子と心の安定因子の得点を従属変数としてt検定を行った。その結果、外向性・活動性因子(t(75)=2.32, p<.05)および心の安定因子(t(75)=2.30, p<.05)において感情尺度得点高群が低群よりも高い得点を示していた。

4.その他の分析結果について:@主体的飼育者(15名)と非主体的飼育者(41名)における比較を行った(不明であった者を除外)。その結果、感情尺度得点において、主体的飼育者に高い得点が認められた(t(54)=2.27, p<.05)。A屋内での飼育(39名)と屋外での飼育(25名)における比較を行った。その結果、愛着尺度得点(t(62)=1.99, p<.1)、心の安定因子得点(t(54)=1.76, p<.1)において、屋内での飼育に高い得点である傾向が認められた。

 【考察】

動物が人にもたらす影響に関する過去の研究の多くでは、一元的に肯定的効果が述べられることが多く、また、その部分への注目が大きかった。しかしながら、動物を嫌いな人々や特定の動物が嫌いな人、また、動物に深い愛情や共感を示す人と示さない人では、動物から受ける効果は全く違うものであろうことは予測できることである。こうした問題意識の中で、本研究では犬が飼い主に与える肯定的影響を媒介する変数を見出すことができたと言えるであろう。すなわち、飼い主が犬に対して高い愛着度を示していると認知する場合、また、犬が自分に対して好意的感情を示していると認知している場合、飼い主の「外向性・活動性」および「心の安定」という2つの効果が高まるということである。すなわち、相互的な愛着を認知していない飼い主はとりわけ飼い犬からの肯定的影響はそれほど受けないということである。

 また、主体的な飼育者と非主体的飼育者、屋内での飼育か屋外での飼育かによってもいくつかの違いを見出すことができた。これらに加えて、筆者らは犬種により、あるいは、犬種特徴と飼い主の特徴やトレーニング・スキルの相互作用により、心理・社会的効果の要因や愛情・感情尺度得点に違いが生じるのではないかという仮説を持っている。今後、これらのことを明らかにしていきたいと考えている。